審査要旨 | | 近年,人間による環境へのインパクトはさまざまな形で強まっている。そのインパクトは生き物の根源である土壌に対して計り知れないストレスを与え,そのストレスを受けた土壌がもと通り修復されるのに何年かかるかは予測困難である。本研究では,このような環境ストレスを受けた土壌として石油汚染土壌および連作障害多発土壌を用い,その特徴を解明し,健全化の方策を探る2つの実験を行った。 1.土壌病害とくにサツマイモ立枯症発生圃場における発生原因とその防除対策 サツマイモ立枯病は,従来Streptomyces ipomoeaeにより発生し,高温・乾燥・高pHの土壌環境下で助長される土壌伝染性病害であると見なされてきた。日本においては,1946年に長崎県で初めて発生し,その後被害はいつこうに衰えを見せず,現在に至っている。サツマイモの主産地の一つである千葉県の香取郡多古町においても立枯病が発生し,大きな問題となっている。しかし,一部の圃場では立枯病のみでは説明できない症状が発生しており,その原因を究明し,生態的防除法な明らかにすることを試みた。 (1)サツマイモ立枯症状発生に影響を及ぼす土壌環境要因の解明 現場の状況観察から以下のことが明らかとなった。 1)立枯病はこの圃場の全体に広がっているのではなく,畑のごく一部でしか見られなかった。 2)この圃場の立枯病発生部分は側溝のない道路に面しており,雨水が直接道路から侵入して過湿状態となっていた。このことは,従来指摘されている立枯病発生因子の一つである乾燥条件とは異なり,この病害発生土壌の理化学性を分析した結果,亜硝酸態窒素含量は11.13mg/100g乾土であり,健全土の1.04mg/100g乾土に比べて10倍以上多いことが分かった。そこで,Seed-Pack growth pouchを用い,S.ipomoeaeの接種により発生する症状と亜硝酸態窒素の添加により発生する生理障害との比較観察を行った。 その結果,以下の現象が確認された。 1)S.ipomoeae接種区においては,根の先端だけが黒変腐敗し,地上部の葉は枯れ落ちることもあった。2)亜硝酸態窒素添加区においては,上記の1)の症状とは逆に根元に近い部分に斑点ができた。3)上記の1)の症状は病徴的には現場の症状とは異なる点がみられた。 以上の結果から,現場でみられた立枯症状は従来の知見で指摘されてきたS.ipomoeaeによる症状のみではなく,過剰の亜硝酸態窒素による生理障害とS.ipomoeaeによる症状の複合,または,過剰な亜硝酸態窒素のみによる生理障害の症状と推察された。 (2)サツマイモ立枯症状軽減のための資材添加試験および軽減の方策 土壌に亜硝酸態窒素が集積されるのを防止するためにC/N比の高い落葉(68.0)と低い牛糞コンポスト(14.3),硝酸カルシウムと硫安を組み合わせて添加した土壌にサツマイモを栽培して,その効果を追ってみた。その結果,硝酸系肥料と落葉の添加が土壌中の亜硝酸の生成を抑制し,サツマイモ立枯症状の防止にはもっとも効果があると結論づけられた。 2.石油で汚染された土壌のバイオリメディエーション 石油汚染土壌の汚染程度を軽減するための基礎的検討な行い,今後のバイオリメディエーション技術開発に資することを目的として行った。 (1)石油汚染土壌の石油分解試験 石油で汚染されたクウェート土壌にバーク堆肥,ハイボネックス,イソライト,多孔質ガラス,椰子殻炭,市販石油分解菌等を10通りの組合せで混合し,培養を行った。その結果,椰子殻炭を添加したカラムが,常に高い水分含量を示し,保水効果がある可能性を示すとともに,培養開始後43週を経った時点で約35%が分解され最も優れた状態にあった。また,相対的にはバーク堆肥とイソライトを添加したカラムの分解も速いと判断された。 以上の結果をまとめると,石油分解の促進のための添加資材として椰子殻炭が算も優れていると考えられた。 (2)分解過程における石油成分の化学分析 培養したサンプルでは未分解のものに比べて飽和族が減少した。元素分析結果より,培養した土壌のH/C比は,未分解のものと比較して減少していた。このことは,飽和性の高い化合物または結合が減少していることを示している。また,Sの分析値が未分解と比較して増加している。このことから,含S化合物の主成分が飽和族ではなく,芳香環に含まれるS化合物が多いことが推定された。 (3)石油分解過程での生物毒性の検討 変異原性はSalmonella typhimurium TA100株およびTA98株を用いたAmesテストの代謝活性化法により行い,復帰変異コロニーの数を対照と比較して判定した。その結果,分解処理のものも未処理のものもほとんど変異原性が認められず,変異原性のある3,4ベンヅピレンのようなものの濃度は極めて低いと判断された。 また,花粉管伸長試験をチャの花粉を用いて行った結果,各カラムとも伸長阻害は全く見られず,逆に石油分解物を低濃度加えることにより花粉管伸長の促進が観察された。 (4)炭化水素および多環芳香族化合物分解菌の分離・同定 環流装置(Percolator)を用い,石油汚染土壌を集積培養することにより菌の分離および同定を試みた。その結果,飽和族炭化水素を添加したものから4株が得られ,最終的に飽和族炭化水素を分解する細菌3株を新しく分離することに成功した。これらはRhodococcus,Nocardia属と同定された。 以上を要するに本論文は種々の形で加わる土壌へのインパクトをその状況から解析し,講ずるべき修復方法を検討したもので,学術上,応用上寄与するところが少なくない。よって,審査員一同は本論文が博士(農学)論文として価値あるものと判定した。 |