内容要旨 | | 本論文では,ロボットハンドのみでは対象物を把持せずに,テーブル等周辺環境をうまく支えとして用いることにより,器用かつ容易な操りの実行を目的としたロボットマニピュレーションとして,「グラスプレス(grasp-less)・マニピュレーション」を提案し,その特徴,問題点およびそれに対する手法を明かにする. 近年のロボットマニピュレーションの研究では,従来のピックアンドプレイス型の操りでなく,「人間のような器用な操り」を目指した「デクストラス・マニピュレーション」として,センサベーストハンドやパワーグラスプ,持ち変え操作等.多くの研究がなされている.このようなさまざまな人間の器用な操りのうち,机や床面等環境を利用して小さい力で対象物を操作する,という手法は,大きさの割に力が出せないというロボットマニピュレータの問題点を解決するための有力な手段と考えられ,このような手法をロボットマニピュレーションに採り入れた「グラスプレス・マニピュレーション」を提案する.人間による物体操作では,対象物をがっちりと掴んだまま操作することは少なく,指で物体を操ったり,転がしたり,押したり,引っかけたりして,極めて効率的かつ器用に物体を操作する.このように対象物を固定した把持(grasp)をすることなく,物体に働く重力,床が支える力,指が加える操作力などの釣り合いのもとで対象物を操作することをグラスプレス・マニピュレーションと呼ぶ. グラスプレス・マニピュレーションの最大の特徴は環境と接触を保ちながら操りを実行する点である.これにより対象物の重量は床面等で支えられ,ロボット指に必要となる力を小さくできる.この接触状態によりグラスプレス・マニピュレーションの分類を行い,大きく3つのタイプ,すなわち対象物と環境が面接触しているもの,線接触しているもの,点接触のもの,に分かれることを示す.この接触は各々3本,2本,1本の仮想的な指と考えられ,これより対象物を支えるため,もしくは操るために必要なロボット指の本数を一般の多指ハンドよりも少なくすることができる. これら3つの操りタイプには各々,図1のようなpushing(押し操作),転がし操作,ピボット操作という3つの操り手法が相当する.pushingは平らなテーブル上の物体を側面から押して滑べらせて移動させる手法,転がし操作は対象物の底面のヘリを中心にパタパタと倒して転がしながら運ぶ手法,ピボフト(旋回)操作は大きな家具などを運ぶのと同様に対象物の角のみを接地させて回しながら運ぶ手法である. グラスプレス・マニピュレーションの各タイプは,接触状態の違いからその操り手法の性質も異なり,pushingは操作が容易で移動速度が速い,転がし操作やピボット操作は床の段差を乗り越えられる,等それぞれである.この相違点をうまく利用し,対象物や環境などの状況に応じて各操り手法を組み合わせることにより,様々な用途に適した動作が達成できる. またグラスプレス・マニピュレーションにおいては,操りの最中に対象物が環境と接触しているために,図2のような2つの問題が存在する.まず1つ目には,「環境-マニピュレータ-対象物-環境」という閉じたループが生じるため,マニピュレータや対象物の僅かな位置ずれから過大な力を発生してしまう危険性がある.また2つ目には,対象物はマニピュレータにしっかりと把持・固定されていないため,対象物と環境との間に働く摩擦力の大きさによりその運動が決定される場合があるが,摩擦力は本来正確に見積もることが困難なため,対象物の運動が決定できなくなるおそれがある. 1つ目の問題点に対する解決法としては,一般に多指ハンドや複腕協調等で用いられている力センサに基づく方法が考えられる.しかし対象物と環境との間に働く力は測定することはできず,大きさが不確定な摩擦力を扱うグラスプレス・マニピュレーションでは指先に働く力のみを測定するのは良い方法ではない.そこで本研究では,力制御によらない手法を2種提案する. まず1種類目として,受動関節を用いる方法を提案する.これは人間でいえば,指関節の剛性を低くすることに相当する.問題となる閉ループの中,例えばロボット指の関節の剛性を0とする,もしくは,ハンドの先場にフリージョイントを新たに導入することにより,マニピュレータや対象物の位置誤差を閉ループ内部に発生する力でなく,関節の角度誤差に変換することができる.位置誤差による内力の発生を抑えるためには,作業空間の自由度分の受動空間がその閉ループ内に存在すればよい.すなわち3次元での操りならば6自由度,2次元での操りならば3自由度の受動関節があればよい,ここで,グラスプレス・マニピュレーションの特徴として対象物と環境の接触が存在するが,この接点や接辺,および対象物とロボット指との接点を仮想的な受動関節とみなすことができる.よって,図3のように新たに用意する受動関節部はその不足分のみでよい.本研究では操作のこの仮想的なリンク機構の力学的な解析および操作性等の性質の解析を行ない,実機による実験によりその妥当性を示している. 2種類目の手法としては,上記のフリージョイントを用いる場合と逆に,剛性を高めた指先および環境による幾何的な拘束のみを考慮し,それらの拘束がロボット指と環境とで重複しないことにより内力の発生を抑える手法が考えられる.これは,対象物や作業の種類によっては滑べってもぶつけても構わないものも多く,このような場合に人が力の釣り合いや速度,加速度をほとんど考慮せず,ただ指先を適当に動かすだけで希望通りの操作を非常に高速に操りを行えることを参考として提案する手法である.すなわち例えばマニピュレータを動かす場合に.環境から拘束を受けている方向の位置誤差は対象物との滑べりとなるようにし,拘束を受けていない方向についてのみロボット指により対象物を動かす.例えば床面上に置いてある対象物を側面から押す場合は,床面方向に押しつけてしまわないようにわざと多少上向きに指を動かす.それでも対象物は重力により指から滑べり,床面との接触を維持する. 2つ目の問題点については,グラスプレス・マニピュレーションでは,ピックアンドプレイス型の操りと異なり対象物とハンドは非固定なため,ロボットの内界センサのみでは対象物の位置・姿勢を監視することができない.指を増やし幾何学的に対象物の運動を決定してしまう,等機構を複雑化することでもこの問題を解決することはできるが,それでは機構の簡素化を狙いの1つとしたグラスプレス・マニピュレーションの考えに反する.そこで対象物を直接監視する外界センサとして視覚センサを用いたハンドアイシステムが重要となる.視覚を用いることにより操作中の対象物の運動を監視するだけでなく,監視した運動からそこに働く摩擦力の大きさをある種度見積もることが可能となる.すなわち,どこを押した場合にどれだけの大きさの摩擦力が働いたか,を数値的に求めることはできなくとも,床面上を滑べった,傾いた,等の運動を監視することにより操作手法の選択に用いることができる. 以上を基に,実際に視覚による監視を利用したグラスプレス・マニピュレーションの実験を行なう.操作としては図4のような1本指によるピボット操作(点接触操作)を取り上げる.この操作は対象物と指の接点と床面との接点を結ぶ軸回りの回転が制御不能であり,その運動を視覚を用いて監視しなければ操作不可能である.このような状況で操りを達成するためには,ロボットの指先位置をうまく動かすことにより対象物の姿勢を変化させ,重力によって問題の2点を結ぶ軸回りに働くモーメントを,望みの進行方向へ向くように設定する必要がある.そこで,この操りがうまく行なえるための力学的条件を求め,動作のシミュレーションを行なうことによりロボット指と対象物の接触位置,対象物の傾け量などのバラメータを設定する.またこの条件に基づいて,実際にPUMA型マニピュレータと高速相関演算機能を有する視覚処理ボードを用いて操り実験を行ない,操り動作の検証を行なった. 図表図1 さまざまなタイプのグラスプレス・マニピュレーション / 図2 剛体閉ループ機構(上)と,摩擦による運動の不確かさ(下) / 図3 受動関節と仮想リンク機構を利用した操り手法 / 図4 重力によるモーメントを利用した1本指ピボット操作 本論文により,今後のデクストラス・マニピュレーションの中心となるであろう「アーム+多指ハンド」という構成で,器用で容易な操りを達成できる手法を示した,この中でも力制御によらない操り手法は,現在一般に広く用いられているロボットにも僅かな付加機構で達成することができ,直ちに実現することも充分に可能な手法と考えられる. |